2009年11月15日日曜日

漢詩道:自作漢詩 No.708 作 「迎庚寅歳」 推敲過程 (海山人)

王陽明「啾啾吟」『西家児童不識虎』
知者不惑仁不憂、君胡戚々眉双愁。
信歩行来皆坦道、憑天判下非人謀。
用之則行舎則休、此身浩蕩浮虚舟。
丈夫落々■天地、豈顧束縛如窮囚。
千金之珠弾鳥雀、掘土何煩用■■。
君不見東家老翁防虎患、虎夜入室銜其頭。
西家児童不識虎、執竿駆虎如駆牛。
痴人懲噎遂廃食、愚者畏溺先自投。
人生達命自灑落、憂讒避毀徒啾啾。


「漢之飛将軍」 (梅足)
「史記」「李将軍列伝」
「太史公曰」として「桃李不言、下自成蹊」
「違寅射石」李広の弓の強さを物語る故事。虎と間違えて石を射たら矢が立った。


杜甫 『愁』
 「渭水秦山得見否、人今罷病虎縦横。」


西郷南洲の詩 「除夜」
白髪衰顔非所意  白髪衰顔意とする所に非ず
壮心横剣愧無勲  壮心剣を横たえて勲無きを愧ず
百千窮鬼吾何畏  百千の窮鬼吾何ぞ畏れん
脱出人間虎豹群  脱出す人間虎豹の群

年老いたは気にせぬが、血気壮んな心を持って剣を携えながら、勲功無きが愧しい。
大晦日。百千の窮鬼(貧乏神⇒借金取り)畏るるに足らず。
既に、人間虎豹の群(虎豹の如き剽悍な軍人の群れ)を抜け出して来た身なれば。




参考
「迎己丑歳」 (戊子至日 2008年12月21日 海山人)
雨滴天声過、会風渉大川。
十牛図解説、安節迎新年。


完成

雲生虎吼処
当歳問新天
東海神泉湧
吉祥白雪然

自作漢詩「迎庚寅歳」 (己丑至日 2009年12月 海山人)

31 件のコメント:

とある者 さんのコメント...

あたらしき
年の始めの
初春の
今日降る雪の
いや頻(し)け吉事(よごと)

大伴家持

とある者 さんのコメント...

大伴家持の 人物・来歴
wikiより

『万葉集』の編纂に関わる歌人

大伴氏は大和朝廷以来の武門の家
天平の政争を生き延び、延暦年間に中納言まで昇る。

天平18年(746年)7月に越中国国守に任ぜられ、天平勝宝3年(751年)まで赴任。この間に220余首の歌を詠んだ。

天平勝宝6年(754年)兵部少輔となり、翌年難波で防人の検校に関わる。この時の防人との出会いが、万葉集の防人歌収集につながっている。

天平宝字2年(758年)に因幡国国守。翌天平宝字3年(759年)1月に因幡国国府で万葉集の最後の歌を詠む。

天平宝字8年(764年)、薩摩守への転任と言う報復人事を受ける
神護景雲1年(767年)、大宰大弐

宝亀7年(776年)、伊勢国国守。伊勢神宮の記録では5年ほど勤めたという。

延暦2年(783年)、中納言に昇進するが兼任していた陸奥按察使持節征東将軍の職務のために陸奥に滞在中に没した。

没直後に藤原種継暗殺事件が造営中の長岡京で起こり、家持も関与していたとされて、埋葬を許されぬまま除名。子の永主も隠岐国に流された。大同3年(806年)に従三位に復された。

とある者 さんのコメント...

『海ゆかば』

詞は、『万葉集』巻十八「賀陸奥国出金詔書歌」(『国歌大観』番号4094番。『新編国歌大観』番号4119番。大伴家持作)の長歌から採られている。


大伴の 遠つ神祖の その名をば 大久米主と 負ひ持ちて 仕へし官 

海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ かへり見は せじ


と言立て 丈夫の 清きその名を 古よ 今の現に 流さへる 祖の子どもぞ 大伴と 佐伯の氏は 人の祖の 立つる言立て 人の子は 祖の名絶たず 大君に まつろふものと 言ひ継げる 言の官ぞ 梓弓 手に取り持ちて 剣大刀 腰に取り佩き 朝守り夕の守りに 大君の 御門の守り 我れをおきて 人はあらじと いや立て 思ひし増さる 大君の 御言のさきの聞けば貴み

とある者 さんのコメント...

西家児童不識虎、執竿駆虎如駆牛。

「違寅射石」李広の弓の強さを物語る故事。虎と間違えて石を射たら矢が立った。

脱出人間虎豹群  脱出す人間虎豹の群

あたらしき年の始めの初春の
今日降る雪の いや頻(し)け吉事(よごと)
大伴家持

とある者 さんのコメント...

http://hix05.com/Chinese/Soji/soji101.risou.html
より

楚辞から屈原の歌「離騷」その一(壺齋散人注)

帝高陽之苗裔兮   帝高陽の苗裔(べうえい)
朕皇考曰伯庸     朕(わが)皇考を伯庸と曰ふ
攝提貞於孟陬兮   攝提(せってい)孟陬(すう)に貞(ただ)しく
惟庚寅吾以降     惟(こ)れ庚寅に吾以て降(くだ)れり

高要帝の末裔たる我が父は、名を伯庸といった。寅年の初春の寅の月、それも庚寅の日に私は生まれたのだ(攝提:寅年、木星が寅の方位にあることを攝提挌といった、孟陬:孟は初め、陬は正月、古代中国では、正月を寅の月に定めた)

皇覽揆餘初度兮   皇覽(み)て餘を初度に揆(はか)り
肇錫餘以嘉名     肇めて餘に錫(たま)ふに嘉名を以てす
名餘曰正則兮     餘を名づけて正則と曰ひ
字餘曰靈均      餘を字(あざな)して靈均と曰ふ

父君は私の生まれつきを推し量って、私によい名をつけてくれた、名を正則といい、字を靈均という(初度:生まれたばかりの器)

紛吾既有此内美兮  紛として吾既に此の内美有り
又重之以脩能     又之に重ぬるに脩能(しうたい)を以てす
扈江離與闢止兮    江離と闢止(へきし)とを扈(かうむ)り
繋秋蘭以為佩     秋蘭を繋(つな)いて以て佩と為す

私は名にふさわしく旺盛で、美質を多く持ち、さらに優れた才能を持っていた、江離と闢止の草を身につけ、秋蘭をつないで帯にした(脩能:優れた能力)

とある者 さんのコメント...

泊餘若將不及兮   泊として餘將に及ばざらんとするが若くし
恐年歳之不吾與   年歳の吾とともにせざるを恐る
朝搴此之木蘭兮   朝には此の木蘭を搴(と)り兮
夕攬洲之宿莽     夕には洲の宿莽を攬(と)る

月日は早く過ぎてなかなか追いつかず、自分がそれに及ばないことを恐れた、朝には丘の上の木蘭をとり、夕には州に生えている草をとった(此は山へんをつけて丘に意になる、)

日月忽其不淹兮   日月は忽として其れ淹(とどま)らず
春與秋其代序     春と秋と其れ代序す
惟草木之零落兮   草木の落零を惟(おも)ひ
恐美人之遲暮     美人の遲暮を恐る

月日は早く過ぎ去って一刻もとどまらず、春と夏とがこもごも入れ替わる、草木が落零するのを見ると、壮年のわたしもすぐ晩年を迎えるのではないかと恐れる(美人:壮年、ここでは屈原自身をさす、遲暮:晩年)

不撫壯而棄穢兮   壯を撫して穢を棄てず
何不改此度      何ぞ此の度を改めざるや
乘騏驥以馳騁兮   騏驥に乘りて以て馳騁(ちてい)し
來吾道夫先路     來れ吾夫(そ)の先路を道びかん

壮者を慰撫して悪人を捨てるべきなのに、王は反対のことをして改めようとしない、王が駿馬にのって馳せまわられるならば、自分こそその先導役を勤めようものを

とある者 さんのコメント...

昔三后之純粹兮   昔三后の純粹なる
固衆芳之所在     固(まこと)に衆芳の在る所
雜申椒與菌桂兮   申椒と菌桂とを雜(まじ)ふ
豈維繋夫蕙糸     豈に維(ただ)夫の蕙糸(けいし)を繋(つな)ぐのみならんや

昔、三后のような純粋な君主たちは、もろもろの香ばしいものを身に着けたものだ、その中には山椒もあれば菌桂もあった、蕙?をつないで帯にするばかりが能ではない(三后:神話上の君主、菌桂:香木の類、)

彼堯舜之耿介兮   彼の堯舜の耿介なる
既遵道而得路     既に道に遵ひて路を得たり
何桀紂之猖披兮   何ぞ桀紂の猖披なる
夫唯捷徑以窘歩   夫れ唯捷徑を以て窘歩(きんぽ)せり

あの堯舜が公明正大であったのは、道に従って政を行ったからだ、桀紂が放縦に流されたのは、わき道を急いだからだ(捷徑:わき道を早く行く、窘歩:急いで行く)

惟夫黨人之愉樂兮  惟(ただ)夫れ黨人の愉樂する
路幽昧以險隘     路幽昧にして以て險隘(けんあい)なり 
豈餘身之憚殃兮    豈に餘が身之れ殃(とが)を憚らん
恐皇輿之敗績     皇輿の敗績を恐るるなり

思うに、君側の悪党たちが逸楽をむさぼり、その導く道は幽昧で險隘だ、どうして彼らに憎まれるのをはばかることがあろうか、王の車が覆るのを心配するばかりなのだ(黨人:党派を組むものたち、悪党、皇輿:君主の乗り物、敗績:車がつくがえること)

忽奔走以先後兮    忽ち奔走して以て先後し
及前王之踵武      前王の踵武に及ばんとす
全不察餘之中情兮  全(せん)餘の中情を察せず
反信讒而斉怒     反って讒を信じて斉怒す

私はすぐさま奔走して王の車に従い、ご先祖たちの偉業に及んでもらいたいと思った、しかるに王はそんな私の心情を理解せず、かえって悪党の讒言を信じて激怒された(?:人称代名詞、ここでは王をさす)

とある者 さんのコメント...

餘固知謇謇之為患兮 餘固より謇謇(けんけん)の患を為すを知るも
忍而不能舍也      忍びて舍(や)む能はず
指九天以為正兮    九天を指して以て正と為す
夫唯靈脩之故也    夫れ唯靈脩の故なり

私は無論、諫言が身の患いとなることは知っていたが、やむにやまれずそうしたのだ、九天も照覧あれ、これはただ王を慮ってしたことなのだ(謇謇:諌める言葉、諌言、靈脩:王)

曰黄昏以為期兮    黄昏を以て期と為さんと曰ひ
羌中道而改路      羌(ああ)中道にして路を改む
初既與餘成言兮    初めに既に餘と言を成ししも
後悔遁而有他     後悔遁(のが)れて他有り
餘既不難夫離別兮  餘既に夫の離別を難(はばか)らず
傷靈脩之數化     靈脩の數(しばしば)化はるを傷(いた)む

王は黄昏に来るといっておられながら、途中で心変わりをなされた、はじめには私と約束しておきながら、後で言を翻される、私はそんな王に見捨てられることをはばかりはしないが、王がしばしば豹変されることを、王のために悲しむのだ

とある者 さんのコメント...

離騷は屈原の代表作である。題意についてはいくつかの解釈があるが、史記は「離憂の如きなり」としている。すなわち「憂いにかかる」という意味である。

史記 解題
「屈平王聴の聡ならず、讒謗の明を覆ひ、邪曲の公を害し、方正の容れられざるを疾むなり、故に憂愁幽思して離騷を作る。」

晩年の詩が、絶望苦悶の色彩濃厚なのに対し、この詩には、憂いを語りながら絶望に陥らず、浪漫的な色彩をも感じ取れる。


全篇は三百七十三句の長編であるが、ここではその冒頭部分を取り上げたい。

http://hix05.com/Chinese/Soji/soji101.risou.html
より

とある者 さんのコメント...

恐美人之遲暮     美人の遲暮を恐る

來吾道夫先路     來れ吾夫(そ)の先路を道びかん

彼堯舜之耿介兮   彼の堯舜の耿介なる
既遵道而得路     既に道に遵ひて路を得たり

指九天以為正兮    九天を指して以て正と為す

とある者 さんのコメント...

大伴家持

長歌・短歌など合計473首が『万葉集』に収められており、『万葉集』全体の1割を超えている。このことから家持が『万葉集』の編纂に拘わったと考えられている。

『万葉集』の最後は、天平宝字3年(759年)正月の「新しき年の始の初春の 今日降る雪のいや重け吉事(よごと)」(卷二十-4516)である。

『百人一首』の歌(かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける)は、『万葉集』には入集していない。

とある者 さんのコメント...

大伴家持の作品鑑賞
http://www2s.biglobe.ne.jp/~machino/kansho/

宝字3年
因幡国庁賜饗   宝字3年1月1日 42歳

   三年春正月一日於因幡國廳賜饗國郡司等之宴歌一首

新しき年の始の初春のけふ零る雪のいや重《し》け吉事《よごと》         20-4516
   右一首大伴宿祢家持作之

とある者 さんのコメント...

太宰帥大伴卿冬日見雪憶京歌一首
 沫雪保杼呂保杼呂爾零敷者平城京師所念可聞    『国歌大観』
       
 いま、この白文に向き、先入見を括弧に入れて(括弧に入れることができるのだろうか)読む。詞書を抜きにして仮に読むと、

 沫雪のほどろほどろに零り敷けば平城の京し念ほゆるかも

とでもなるほかないが、これが今の一つの先入見となる。先入見とは今まで生きてきたことの露頭である。

ここで措辞に抵抗を感じるのは<零り敷けば>であり、その質を限定する<ほどろほどろに>である。

それが、ただ単に一面に零り敷くという読み方を制限するであろうし、

<ほどろ>を、はだら、まだら、という意味に解すると、一つの<ほどろ>ではなく重ねることによっていくつかのまだらな平面的空間を指示するであろう。

大意を、「水の沫のような雪がうっすらと(零は零細の零であり、数の零である)、まだらまだらに降り敷いている。ふと奈良の都が思いおこされる」

と読み取り、
かなめの接続助詞「ば」は上句を契機として、たまたま下句の事態が起きたこと、それに気づいたことを表している助詞とみる。

この読みを武田祐吉校注『萬葉集』と比べる。

  太宰の帥大伴の卿の冬の日に雪を見て京を憶ふ歌一首
 沫雪のほどろほどろに降り敷けば平城の京し念ほゆるかも

<零敷者>を<降り敷けば>と読み下す。
つまり<降り>と一般化されて、
原文の<零>のもつ、古辞書の餘雨也、徐雨也、という印象、
「しずかにふる」「うらぶれる」「あまり」「はした」「わずか」「ゼロ」という零細なものの印象を、
一般的な「降り」のなかへ解消している。

零雨は、こさめ、ぬかあめ、である。

一般化によってことばの自由度は大きくゆるやかになり具体化の自由度も大きくなる。
作者ないし編者の選択したことば、文字は、自然の材料とともに作者ないし編者を含めて、すみずみまで歴史的なものに浸潤されているはずなのに。(未完)

とある者 さんのコメント...

上も
http://members3.jcom.home.ne.jp/mizugame100/kotoba/kotob01-03.htm
より

釈迢空の読みを「萬葉集短歌輪講」(折口信夫全集第廿九巻)にみると

 沫雪の ほどろほどろに降りしけば、 奈良の都し思ほゆるかも

「降りしけば、 」と視覚的に腰句の間合を強調しながら読んでいる。

武田祐吉の「降り敷けば」よりもさらに一般化をすすめ、「敷」をかなに、「念」を「思」にかえて、そのぶん読みの自由度あるいは一首の多義性をさらに拡げている。

そして、「沫雪は、まるで沫を落す様に降る處から、牡丹雪をさすのであらう。牡丹雪だから、どんどんとは降らぬのである。降りしくは本文にも零敷とある様に、地べたに一面に降り擴がることにもとれもするが、私は、降り頻くだらうと思ふ。」

と読みかえ、新しく具体化する。

原文のままでは、意にそわないのである。

そこで、水の沫と花の牡丹の同一性をみとめ、つまり選ばれたことばとしての沫雪と牡丹雪とをあらかじめ同一視しておいて、今度は牡丹雪の性質として<降り頻く>----あらかじめ<降りしく>と読んである----ということばをアナグラマティクに呼び出して、平面的な敷くという状態を空間的時間的に降り頻る牡丹雪と具体化する。

読みのふところは広い。さらに、
「敷くならばほどろは、ところまだらに地面に落ちて居るのと外はとれぬが、頻くだと落ちて来る様子が、ちぎつて落す様に、細かな雪がみつしりと降るのとは違うて、幾分間遠にぼたぼたと落ちて来る、其とぎれとぎれ様を、斑ろで示したとも見られる。此方がおもしろいのである。」

と主張している。

沫雪が零り敷くという原文は、牡丹雪が幾分間遠に降り頻ることに読み変えられている。

これもひとえに<保杼呂保杼呂爾><零敷者>ということばのつながりのやさしい抵抗感の成果であろう。

言われたことばのなめらかさではなく、言うことばの抵抗感の効果である。

ほどろほどろというかんまんなことばの調子に「幾分」抵抗できない感じである。
「間遠にとぎれとぎれに降り頻る」も「幾分」形容矛盾かもしれない。
そこがまた詩的読解というべきであろうか。
詩を読むということはそこに新しい詩をつくることでもある。

とある者 さんのコメント...

同じく

斎藤茂吉の読み方を考えてみる。

昭和十五年から版を重ねた『萬葉秀歌』では「零敷者」を「零り重けば」と読んでいる。

 沫雪のほどろほどろに零り重けば平城の京師し念ほゆるかも

『……「ほどろほどろ」は、沫雪の降つた形容だらうが、
沫雪は降つても消え易く、重量感からいへば軽い感じである。
厳冬の雪のやうに固着の感じの反対で消え易い感じである。
さういふ雪を、ハダレといひ、
副詞にしてハダラニともいひ、
ホドロニと転じたものであらうか。

「夜を寒み朝戸を開き出で見れば庭もはだらにみ雪降りたり」(巻十・二三一八)とあつて、
一に云ふ、「庭もほどろに雪ぞ降りたる」とあるから、
「はだらに」、「ほどろに」同義に使つたもののやうである。

また、「吾背子を今か今かと出で見れば沫雪降れり庭もほどろに」(同二三二三)とあり、
軽く消え易いやうに降るので、分量の問題でなく感じの問題であるやうにおもへる。

沫雪は消え易いけれども、降る時には勢ひづいて降る。
そこで、旅人の此歌も、「ほどろほどろに」と繰返してゐるのは、旅人はさう感じて繰返したのであらうから、
分量の少ない、薄く降るといふ解釈とは合はぬのである。

特に「降り重けば」であるから、
単に「薄い雪」をハダレといふのでは解釈がつかない。

また、「はだれ降りおほひ消なばかも」(同二三三七)の例も、
薄く降るといふよりも盛に降る心持である。

そこで、
ハダレは繊細に柔かに降り積る雪のことで、
ホドロホドロニは、さういふ柔かい感じの雪が、勢ひづいて降るといふことになりはしないか。

ホドロホドロと繰返したのは旅人のこの一首のみで、模倣せられずにしまつた。』

 茂吉は「零敷者」を「零り重けば」と読んでおいて、
その上で沫雪がほどろほどろに零り重くという(零、重の)形容矛盾状態をいかに納得するかに苦心している様子がさながらに表現されている。

「ハダレは繊細に……勢ひづいて降る」以下の納得ぶりに敬意を払わなければならない。

先の折口説の傍線の部分、
「頻くだと落ちて来る様子が、ちぎつて落す様に、細かな雪がみつしりと降るのとは違うて、
幾分間遠にぼたぼたと落ちて来る、
其とぎれとぎれ様を、
斑ろで示したとも見られる。」
とは逆転するところが面白い。

歌の読みとはかくのごとく、ことばとことばのあいだをパラディグマをもとめて、わたりあるくものである。

歌を読むということは、歌のことばのつながりを既知既定のものとして意味の同一性を確認するということではなく、
ことばのつながりに敏感になること、そのことばのつながりに応答すること、
つまり、そのことばのつながりに新しいことばを交差させ、ことばを新しく開花させることである。

とある者 さんのコメント...

西山
白虎

五 行 五 色 五 方 五 時 五 事 五 星 四 神 十 干 十二支

金   白   西   秋   言  金星(太白) 白虎 庚辛 申酉

とある者 さんのコメント...

李白「将進酒」

君不見黄河之水天上来 奔流到海不復回
君不見高堂明鏡悲白髪 朝如青絲暮成雪
人生得意須尽歓 莫使金樽空対月
天生我材必有用 千金散尽還復来
煮羊宰牛且為楽 会須一飲三百杯

[読み下し例]
君見ずや 黄河の水 天上より来たり、奔流して海に到りて 復た回らず。
君見ずや 高堂の明鏡 白髪を悲しむ、朝には青絲の如きも 暮には雪と成る。
人生 得意 須(すべから)く歓を尽すべし、金樽をして空しく月に対せしむなかれ。
天 我が材を生む 必ず用有り、千金は散じ尽すも 還た復た来らん。
羊を煮 牛を宰して しばらく楽しみをなさん、かならず須(すべから)く 一飲三百杯なるべし。
(以下略)

とある者 さんのコメント...

李白「春夜宴従弟桃花園序」。

天地者萬物之逆旅也。光陰者百代之過客也。

浮生若夢、爲歡幾何。古人秉燭夜遊、良有以也。

陽春召我以烟景、大塊假我以文章。
會桃花之芳園、序天倫之樂事。
群季俊秀、皆爲惠連。
吾人詠歌、獨慚康樂。
幽賞未已、高談轉清。
開瓊筵以坐花、飛羽觴而酔月。
不有佳詠、何伸雅懐。
如詩不成、罰依金谷酒數。
それ
天地は万物の逆旅(旅館の意)なり。光陰は百代の過客なり。
しかして
浮生(定めなき人生)は夢のごとし。歓をなすこと幾何ぞ。古人 燭をとりて 夜遊ぶ。まことにゆえあるなり。
いわんや
陽春 我をめすに 烟景をもってし、大塊(大地) 我にかすに 文章をもってするをや。
桃花の芳園に会して、天倫(天然の人倫)の楽事を序す。
群季(多くの年少者)の俊秀は、皆 恵連(南北朝宋の詩人謝恵連)たり。
吾人の詠歌は、独り康楽(同じく謝霊運)にはず。
幽賞(静かで奥深い賞賛のことば) 未だやまざるに、高談(賑やかで高尚な談話) うたた清し。
瓊筵(宴席の美称)を開きて 以って花に坐し、羽觴(羽のある杯)を飛ばして 月に酔う。
佳詠あらずんば、何ぞ雅懐を伸べんや。
もし 詩成らずんば、罰は 金谷の酒斗の数によらん。

とある者 さんのコメント...

李白『行路難 其一』

金樽清酒斗十千、玉盤珍羞直万銭。 停杯投筋不能食、抜剣四顧心茫然。
欲渡黄河冰塞川、将登太行雪満山。 閑来垂釣碧渓上、忽復乗舟夢日辺。
行路難、行路難。 多岐路、今安在。 長風破浪会有時、直挂雲帆済滄海。

金樽の清酒 斗十千、玉盤の珍羞 直万銭。 杯を停め 筋(はし)を投じて 食らう能わず、剣を抜き四顧して心茫然たり。
黄河を渡らんと欲すれば 冰 河を塞ぎ、まさに太行に登らんとすれば 雪 山に満つ。 閑来たりて釣りを垂る 碧渓の上、たちまち復た舟に乗りて日辺を夢む。
行路難し、行路難し。 岐路多し、今いずくにか在る。 長風波を破るに かならず時有り、直ちに雲帆をかけて 滄海をわたらむ。

李白『行路難 其二』

大道如青天、我独不得出。 羞逐長安杜中児、赤鶏白狗賭梨栗。
弾剣作歌奏苦声、曳裾王門不称情。 淮陰市井笑韓信、漢朝公卿忌賈生。
君不見昔時燕家重郭隗、擁彗折節無嫌猜。 劇辛楽毅感恩分、輸肝剖膽致英才。
昭王白骨纏蔓草、誰人更掃黄金台。 行路難、帰去来。

大道は青天の如く、我独り出づるを得ず。 逐うを羞ず 長安杜中の児、赤鶏白狗 梨栗を賭す。
剣を弾じ 歌を作って 苦声を奏す、裾を王門に曳いて 情にかなわず。 淮陰の市井 韓信を笑い、漢朝の公卿 賈生を忌む。
君見ずや 昔時 燕家郭隗を重んじ、彗を擁し 節を折って 嫌猜無し。 劇辛楽毅 恩分に感じ、肝をいたし 膽をさいて 英才をいたす。
昭王の白骨は蔓草にまとわれ、誰人か更に掃はむ黄金台。 行路難、帰り去らむいざ。

とある者 さんのコメント...

李白「行路難」「其三」
有耳莫洗潁川水、有口莫食首陽蕨。
含光混世貴無名、何用孤高比雲月。
吾観自古賢達人、功成不退皆損身。
子胥既棄呉江上、屈原終投湘水浜。
陸機雄才豈自保、李斯税駕苦不早。
華亭鶴唳何可聞、上蔡蒼鷹何足道。
君不見呉中張翰称達生、秋風忽憶江東行。
且楽生前一杯酒、何須身後千載名。

耳あるも 洗うなかれ潁川の水、口あるも食うなかれ首陽の蕨。
光を含み 世に混じて 名なきを貴ぶ、何ぞ用いん 孤高 雲月に比するを。
吾 古しへより賢達の人を観るに、功成って退かざれば 皆身をおとす。
子胥は既に棄てらる 呉江のほとり、屈原は 終に投ず 湘水の浜。
陸機の雄才 豈に自ら保せむや、李斯の税駕 早からざるに苦しむ。
華亭の鶴唳 何ぞ聞くべけんや、上蔡の蒼鷹 何ぞいうに足らむ。
君見ずや 呉中の張翰 達生と称す、秋風忽ち憶う 江東の行。
且つ楽む 生前一杯の酒、何ぞ須いむ 身後千載の名。

とある者 さんのコメント...

西山
白虎
金星(太白)

吉事

西家児童不識虎、執竿駆虎如駆牛。

恐美人之遲暮     美人の遲暮を恐る

來吾道夫先路     來れ吾夫(そ)の先路を道びかん

彼堯舜之耿介兮   彼の堯舜の耿介なる
既遵道而得路     既に道に遵ひて路を得たり

指九天以為正兮    九天を指して以て正と為す

天生我材必有用

陽春召我以烟景、大塊假我以文章。
會桃花之芳園、序天倫之樂事。

行路難、行路難。 多岐路、今安在。 長風破浪会有時、直挂雲帆済滄海。

君不見昔時燕家重郭隗、擁彗折節無嫌猜。 劇辛楽毅感恩分、輸肝剖膽致英才。
昭王白骨纏蔓草、誰人更掃黄金台。 行路難、帰去来。

吾観自古賢達人、功成不退皆損身。
子胥既棄呉江上、屈原終投湘水浜。

とある者 さんのコメント...

西山
白虎
金星(太白)

吉事

西家児童不識虎、執竿駆虎如駆牛。

恐美人之遲暮     美人の遲暮を恐る
來吾道夫先路     來れ吾夫(そ)の先路を道びかん
彼堯舜之耿介兮   彼の堯舜の耿介なる
既遵道而得路     既に道に遵ひて路を得たり

指九天以為正兮    九天を指して以て正と為す

天生我材必有用

陽春召我以烟景、大塊假我以文章。
會桃花之芳園、序天倫之樂事。

行路難、行路難。 多岐路、今安在。 長風破浪会有時、直挂雲帆済滄海。

君不見昔時燕家重郭隗、擁彗折節無嫌猜。 劇辛楽毅感恩分、輸肝剖膽致英才。
昭王白骨纏蔓草、誰人更掃黄金台。 行路難、帰去来。

吾観自古賢達人、功成不退皆損身。
子胥既棄呉江上、屈原終投湘水浜。

とある者 さんのコメント...

西山
白虎
金星(太白)

吉事

西家児童不識虎、執竿駆虎如駆牛。

先路     來れ吾夫(そ)の先路を道びかん
指九天以為正兮    九天を指して以て正と為す

天生我材必有用

陽春召我
桃花之芳園、序天倫之樂事。

長風破浪会有時、直挂雲帆済滄海。

劇辛楽毅感恩分、輸肝剖膽致英才。
誰人更掃黄金台。

子胥既棄呉江上、屈原終投湘水浜。

とある者 さんのコメント...

西山白虎金星(太白)
吉事
西家児童不識虎、執竿駆虎如駆牛。
先路 來れ吾夫の先路を道びかん
指九天 九天を指して以て正と為す

天生我材必有用

陽春召我 桃花之芳園、序天倫之樂事。

長風破浪会有時、直挂雲帆済滄海。

感恩分 更掃黄金台。

とある者 さんのコメント...

吉事
西
山 白虎 金星(太白)
執竿駆虎如駆牛。
先路 指九天

陽春召我 桃花之芳園、序天倫之樂事。
感恩分 更掃黄金台。

長風破浪会有時、直挂雲帆済滄海。
天生我材必有用

とある者 さんのコメント...

吉事
西
山 白虎 金星(太白)
執竿駆虎如駆牛。
先路 指九天

陽春召我 桃花之芳園、序天倫之樂事。
感恩分 更掃黄金台。

長風破浪会有時、直挂雲帆済滄海。
天生我材必有用

然 神に供す
白い雲
坂の上

とある者 さんのコメント...

白雲上処
黄虎吼

先路指九天

東海神泉湧

吉事積雪然

とある者 さんのコメント...

白雲虎吼処
新歳問九天
東海神泉湧
吉祥積雪然

青雲
雲生

白雪

三跪九頭叩

とある者 さんのコメント...

雲生虎吼処
新歳問九天
東海神泉湧
吉祥白雪然

とある者 さんのコメント...

下平一先

雲生虎吼処
新歳問九天
東海神泉湧
吉祥白雪然

春天

当歳問新天

とある者 さんのコメント...

雲生虎吼処
当歳問新天
東海神泉湧
吉祥白雪然