神武天皇「即位橿原建都の詔」:
(紀元前660年2月11日(皇紀元年)神武天皇が大和橿原の地に都を開くに当たり発せられた詔)
我東に征きしより茲に六年になりぬ、(中略)
夫れ大人(ひじり)の制を立つるや、 義(ことわり)必ず時にしたがふ。 苟(いやしく)も民に利あらば、何ぞ聖造(ひじりのわざ)に 妨(たが)はむ。且当に山林を披き払ひ、宮室を経営(おさめつく)りて、恭みて宝位に臨み、以て元元(おおみたから=たみ)を鎮むべし。
上は則ち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまふ徳に答へ、下は則ち皇孫の正を養ひたまひし心を弘めむ。
然して後に六合(りくごう)を兼ねて以て都を開き、 八紘(はっこう=あめがした)を掩ひて 宇(いえ)と為すこと亦たしからずや。
完成
草木虫魚地
三寒亦四温
東征覆手息
青帝要招魂
自作漢詩 「庚寅 二月十一日」 (2010年02月01日 海山人)
13 件のコメント:
「戊子 二月十一日」 (2008年2月27日 海山人)
神武東征引鹿児
菊花初発大和春
三山不動風無息
如是仰観北極天
「丁亥 二月十一日」 (2007年2月12日 海山人)
大庇元元故
広家千萬間
開都兼六合
不動安如山
「二月十一日 其三」 (2006年2月12日 海山人)
上則答徳万家資
下則弘心一国支
元元巧笑寛塵事
絢素点睛染不緇
「二月十一日 其二」 (2005年2月12日 海山人)
東征超一水
大義会随時
古聖先民利
中原満木枝
「二月十一日」 (2004年2月11日 海山人)
東征漸漸慎元元
拡翼金鵄召瑞雲
一宇経営兼六合
三綱演展九州分
義(ことわり)必ず時にしたがふ。
苟(いやしく)も民に利あらば
大義随時
専民利
南風依春北風冬
鳥獣虫魚
海山草木
南風招春
虫魚
草木
南征北伐
紀元二千六百年
金鵄(きんし)輝く日本の 榮(はえ)ある光身にうけて
いまこそ祝へこの朝(あした) 紀元は二千六百年
あゝ 一億の胸はなる
歡喜あふるるこの土を しつかと我等ふみしめて
はるかに仰ぐ大御言(おほみこと) 紀元は二千六百年
あゝ肇國(ちょうこく)の雲青し
荒(すさ)ぶ世界に唯一つ ゆるがぬ御代に生立ちし
感謝は清き火と燃えて 紀元は二千六百年
あゝ報國の血は勇む
潮ゆたけき海原に 櫻と富士の影織りて
世紀の文化また新た 紀元は二千六百年
あゝ燦爛(さんらん)のこの國威
正義凛(りん)たる旗の下 明朗アジヤうち建てん
力と意氣を示せ今 紀元は二千六百年
あゝ彌榮(いやさか)の日はのぼる
「金鵄」とは古事記とか日本書紀に出てくる“金色のトビ”のことで、神武天皇の東征に際し、敵の眼をくらませ勝利に導いたという伝説の鳥。
元寇
一、(鎌倉男児)
四百余州(しひゃくよしゅう)を挙(こぞ)る
十万余騎の敵
国難ここに見る
弘安四年夏の頃
なんぞ怖れんわれに
鎌倉男子あり
正義武断の名
一喝して世に示す
二、(多々良浜)
多々良浜辺の戎夷(えみし)
そは何 蒙古勢
傲慢無礼もの
倶(とも)に天を戴かず
いでや進みて忠義に
鍛えし我が腕(かいな)
ここぞ国のため
日本刀を試しみん
三、(筑紫の海)
こころ筑紫の海に
浪おしわけてゆく
ますら猛夫(たけお)の身
仇(あだ)を討ち帰らずば
死して護国の鬼と
誓いし箱崎の
神ぞ知ろし召す
大和魂いさぎよし
四、(玄海灘)
天は怒りて海は
逆巻く大浪に
国に仇をなす
十余万の蒙古勢は
底の藻屑と消えて
残るは唯三人(ただみたり)
いつしか雲はれて
玄界灘 月清し
草木虫魚地
南風
東征北伐
大聖要招魂
[十三元(げん)]:
元、原、源、園、猿、垣、煩、
繁、蕃、翻、言、軒、藩、魂、
褌、温、孫、門、尊、存、敦、
屯(=「たむろする」「村落」。<=>「下につかえて出きらない」「易の卦」十一真。)、
豚、盆、奔、論、坤、昏、婚、
痕、根、恩、呑、媛(平仄両韻)、
援、番、昆、崙、村、幡、 宛、噴。
草木虫魚地
三寒亦四温
東征覆手息
大聖要招魂
草木虫魚地
三寒亦四温
東征覆手息
青帝要招魂
青帝 春の神
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