Pearl ROAD 内 漢詩道 の推敲過程などを綴っています。 詩作のご参考にしていただければ幸甚です。
「匿名 さんのコメント...」から個人情報を削除して再投稿します。(海山人) 風啾啾について、質問三髙歌集「在校の諸君に」作詞・小川安太郎(三髙大正四年三部医)の一番に、雨蕭々の暁を 風啾々の夕暮をここ霊山の草露に 英傑志士を偲ばずやがあります。風啾々の出典を調べていたら、海山人詩集 に出会いました。風が啾々というのは、あまり見かけませんが、出典を御教示下さい。三耕 一水一名月 杯中消惑憂竹声騒茅屋 松籟到虚舟千尺下深海 万里彼広丘是非知天道 問津風啾啾三髙歌集 注解書準備中の者です。
ご覧いただきましてありがとうございます。海山人です。「啾啾」は「風啾啾」 (2001年10月06日 三耕 http://members.jcom.home.ne.jp/wa-ga-ya/kansi/sankou/320.html ) 記載のとおり、王陽明の「啾啾吟」を典故としますが、ご質問の「風啾啾」の句はオリジナルです。(「詩経」あたりにあるかもしれませんが)ご紹介の小川氏も「志士」の語から私と同じく幕末の志士に影響を与えた王陽明の「啾啾吟」を詠んで「風啾啾」と作詞したのではないでしょうか。因みに、京都の「霊山」とは「爾霊山」のことでしょうか。さすれば乃木将軍の旅順港攻略作戦における「2○3高地」とかけて詠んだ漢詩がありますね。そうすると「ここ霊山の草露に 英傑志士を偲ばずや」の句が重層的に効いて来ます。
(「詩経」あたりにあるかもしれませんが)と書きましたがざっと探したところでは「啾」字もないようです。また、「京都の「霊山」とは「爾霊山」のことでしょうか」という「爾霊山」は実在の山でなく乃木将軍の「2○3高地」の造語だったようです。雨蕭々の暁を 風啾々の夕暮をここ霊山の草露に 英傑志士を偲ばずや京都の「霊山」は幕末の志士をまつっているとか。純粋に志士を偲ぶ歌詞だったのですね。この「風啾啾」は悲哀を表すに最も適した用字と思います。
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4 件のコメント:
「匿名 さんのコメント...」から個人情報を削除して再投稿します。(海山人)
風啾啾について、質問
三髙歌集「在校の諸君に」作詞・小川安太郎(三髙大正四年三部医)
の一番に、
雨蕭々の暁を 風啾々の夕暮を
ここ霊山の草露に 英傑志士を偲ばずや
があります。
風啾々の出典を調べていたら、海山人詩集 に出会いました。
風が啾々というのは、あまり見かけませんが、出典を御教示下さい。
三耕
一水一名月 杯中消惑憂
竹声騒茅屋 松籟到虚舟
千尺下深海 万里彼広丘
是非知天道 問津風啾啾
三髙歌集 注解書準備中の者です。
ご覧いただきましてありがとうございます。海山人です。
「啾啾」は「風啾啾」 (2001年10月06日 三耕 http://members.jcom.home.ne.jp/wa-ga-ya/kansi/sankou/320.html ) 記載のとおり、王陽明の「啾啾吟」を典故としますが、ご質問の「風啾啾」の句はオリジナルです。(「詩経」あたりにあるかもしれませんが)
ご紹介の小川氏も「志士」の語から私と同じく幕末の志士に影響を与えた王陽明の「啾啾吟」を詠んで「風啾啾」と作詞したのではないでしょうか。
因みに、京都の「霊山」とは「爾霊山」のことでしょうか。さすれば乃木将軍の旅順港攻略作戦における「2○3高地」とかけて詠んだ漢詩がありますね。
そうすると「ここ霊山の草露に 英傑志士を偲ばずや」の句が重層的に効いて来ます。
(「詩経」あたりにあるかもしれませんが)
と書きましたがざっと探したところでは「啾」字もないようです。
また、「京都の「霊山」とは「爾霊山」のことでしょうか」という「爾霊山」は実在の山でなく乃木将軍の「2○3高地」の造語だったようです。
雨蕭々の暁を 風啾々の夕暮を
ここ霊山の草露に 英傑志士を偲ばずや
京都の「霊山」は幕末の志士をまつっているとか。純粋に志士を偲ぶ歌詞だったのですね。
この「風啾啾」は悲哀を表すに最も適した用字と思います。
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