2009年6月15日月曜日

漢詩道:自作漢詩 No.700 作「七百」 推敲過程 (海山人)

古詩十九首之十、迢迢牽牛星(無名氏)
『詩経』の小雅、谷風之什の『大東』にも牽牛と織女の名


「七月」(1999/07/05 三耕)漢詩
  三耕 
大夏尋河源
鵲能橋度上
白魚火炭成
七葉以供養

蘇軾『前赤壁賦』
壬戌之秋、七月既望、蘇子與客泛舟遊於赤壁之下。(略)
客曰「『月明星稀、烏鵲南飛』此非曹孟徳之詩乎。(略)
固一世之雄也、而今安在哉。(略)
渺滄海之一粟、哀吾生之須臾、羨長江之無窮」。(略)
蘇子曰「客亦知夫水與月乎、逝者如斯、而未嘗往也。(略)
蓋将自其変者而観之、則天地曾不能以一瞬。
自其不変者而観之、則物與我皆無尽也。而又何羨乎。
且夫天地之間、物各有主。苟非吾之所有、雖一毫而莫取。(略)
是造物者之無尽蔵也。而吾與子之所共食」。
客喜而笑、洗盞更酌。肴核既尽、杯盤狼藉。
相與枕藉乎舟中、不知東方之既白。


長恨歌 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

臨別殷勤重寄詞 詞中有誓兩心知・・・・・別れに際し、ていねいに重ねて言葉を寄せた。その中に、王と彼女の二人だけにわかる誓いの言葉があった。
七月七日長生殿 夜半無人私語時・・・・・それは七月七日の長生殿、誰もいない真夜中に親しく語り合った時の言葉だった。
在天願作比翼鳥 在地願為連理枝・・・・・天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝となりましょう、と。
天長地久有時盡 此恨緜緜無絶期・・・・・天地は悠久といえどもいつかは尽きることもある。でもこの悲しみは綿々と続いて絶える時はこないだろう。



http://d.hatena.ne.jp/syulan/20070707/p1
より
古詩十九首之十、迢迢牽牛星(無名氏)

迢迢牽牛星  皎皎河漢女

繊繊擢素手  札札弄機杼

終日不成章  泣涕零如雨

河漢清且浅  相去復幾許

盈盈一水間  脈脈不得語

(てけと書き下し)

「迢迢(ちょうちょう)たる牽牛星、皎皎たる河漢の女

繊繊として素手を擢(ぬ)き、札札として機杼を弄る

終日 章を成さず、泣涕 零(お)つること雨の如し

河漢は清く且(か)つ浅くして、相(あい)去ること復(ま)た幾許(いくばく)か

盈盈として一水が間(へだ)てれば、脈脈として語るを得ず」


(てけと訳)

「牽牛星(わし座のアルタイル)ははるかに高くあり、織女星(こと座のベガ)は大きな天の川のほとりで明るく光っています。

織女は細くしなやかな白い手で糸をえらび、トントンと機織りの器械をあやつります。

彼女が一日じゅう機を織っても布はちっとも模様にならず、涙は雨のようにこぼれ落ちます。

天の川は澄んでいて浅いのに、おたがいにまた別れてからどれほど離れていることでしょう。

この河の水が満ち溢れてわたしたちを隔てているので、お話しもできずにお互いにじっと見つめあうだけです」




完成

大蓮開濁水
双鵲結空林
月下飛觴挙
天河霽雨任

自作漢詩 「七百」 (2009年6月21日 海山人)

2009年6月6日土曜日

自作漢詩 No.699 作「己丑 未央柳」 推敲過程

旧時 未央宮裏柳
尋常 百姓門 庭

烏衣巷 劉禹錫
朱雀橋邊野草花,烏衣巷口夕陽斜。 舊時王謝堂前燕,飛入尋常百姓家。


白居易(白楽天)『長恨歌』の一節より。
『長恨歌』の一節
楊貴妃は既に討たれ、兵乱も収まって都に帰ってみると

君臣相顧盡霑衣 東望都門信馬歸
歸來池苑皆依舊 太液芙蓉未央柳
芙蓉如面柳如眉 對此如何不涙垂
春風桃李花開夜 秋雨梧桐葉落時
内容
君臣は互いに振り返りながら旅の衣を涙で濡らし、東に都の門を望みながら馬に任せて帰る。
帰ってきてみれば池も庭もみな元のままで、太液池の芙蓉も未央宮の柳も変わりないのである。
芙蓉の花は彼女の顔のよう、柳は彼女の眉のようで、これを見てどうして涙を流さずにおられようか。
春風に桃李の花が夜開き、秋雨に桐の葉が落ちる。


完成

緑雨耕田輔
梨花似旧時
未央宮裏柳
百姓屋前籬

自作漢詩 「己丑 未央柳」 (2009年6月14日 海山人)