2008年6月28日土曜日

自作漢詩 No.680 作「戊子 紫陽花 其二」 推敲過程

賢賢花易色
「易色賢賢」易(トカゲ)の色は賢賢として周囲に応じて変わる。[「論語」『学而第一篇』七章]

空韻
去国忠臣陰身潔
白雲抱石出岫雨初晴
魚戯跳水送波情
一朝三雨
薇蕨
采薇歌
橘差南北
南来雲走北心応
南方増長天、北方多聞天
梅黄
加勝以天上以古 加上の原則
明星来影
「明星」弘法大師空海「三教指帰」『序』

完成
「戊子 紫陽花 其二」 (2008年6月28日 海山人)
賢賢惟易色
澗底紫陽花
入浴昧空韻
泉声黙百家

2008年6月13日金曜日

自作漢詩 No.679 作「戊子 紫陽花」 推敲過程

南来雲走北心応

No.104「題空韻」 梅足
|凡|客|浴|沼|
|日|心|中|原|
|是|初|見|聴|
|知|思|湿|風|
|至|不|結|渡|
|処|如|空|翠|
|音|帰|韻|微|

「楽毅将軍」(1998年6月29日 梅足)
  梅足   
燕王昭能用楽毅
後君重色嵌斉兵
忠臣去国陰身潔
古聖絶交証彼正
赤水東流潮復上
白雲出岫雨初晴
海村何日招魂卜
同夜遥思月下城

「聞道」(1999/06/07 三耕)
  三耕 
宵衰鳥雀囀
独恐朝来焉
抱石冥濠沈
重荷日夜肩

「梅黄」 (2000/06/25 三耕)
  三耕   
梅黄未落山河青
多病平生数樹齢
加勝以天上以古
而今泛海観明星

[語釈]
「黄」黄色になる。
「以」もって。
「古」いにしえ。
「転句」句中対。前四字と後三字の対。

「加・上・」:

富永仲基「出定後語」の原始仏教の系譜にある「加上の原則」を引く。
「加上の原則」仏教の基になったバラモン教では、地上の苦界をを脱して天に生まれかわることを教え、新たに興った宗派は旧い宗派の説く天の上にさらに自己の天を積み上げてその優位を主張した。かくて二十八天あるに至りその無意味に気付き、生死に拘泥せず、生死を超越した自由の境地に達すべきことを説いた釈迦が登場した。しかし、仏教の宗派も新しい宗派は旧い宗派に対してその優位を主張する「加上」によって発達した。
(小乗:阿含経<大乗:般若経<法華経<華厳経<涅槃経<禅宗:楞伽経<密教:曼荼羅なる図絵を以って諸派を総合)

内藤湖南(本名:虎次郎。号は生地が十和田湖の南に当るに因んだもの)博士はこの「加上の原則」を中国古代史の研究に応用した。中国では年代的に古い時代ほど立派な時代と考えられる傾向があったので、最初に学問を興した孔子が周王朝の祖周公の昔に返すことを自己の任務と考えたのに対し、孔子より後に出た墨子は儒教に勝たんが為、周公より古い夏の禹王を以って自派学問の祖とした。
古い(孔子>墨子 >孟子>道家>農家>易学)
  (周公<夏禹王<尭舜<黄帝<神農<伏羲)より古い
以上 宮崎市定「中国に学ぶ」中公文庫『独創的なシナ学者内藤湖南博士』より


「而今」しこうして今は。
「泛」うかぶ。
「泛海」「論語」『公冶長』「子曰、道不行。乗桴浮于海」。
「明星」弘法大師空海「三教指帰」『序』

  「阿国大滝嶽に登り攀ぢ土州室戸崎に勤念す。谷響きを   惜しまず、明星来影す。」


[作法]下平声九青押韻、平起式。


「角蝸争」 (2000/06/27 三耕)
  三耕   
紫陽花裏角蝸争
加上以兄更以祖
易色賢賢処処成
吁嗟耳順不踰矩

[語釈]
「紫陽花」アジサイ。
「角蝸争」蝸牛(カタツムリ)角上之争。[「荘子」『則陽篇』]
「承句」 富永仲基「出定後語」の原始仏教の系譜にある「加上の原則」を引く。拙作「No.212 「梅黄」/2000.06.25 」。
「易色賢賢」易(トカゲ)の色は賢賢として周囲に応じて変わる。[「論語」『学而第一篇』七章]


半夏将生


完成
「戊子 紫陽花」 (2008年6月22日 海山人)
賢賢花易色
青赤自東西
楽毅陰身潔
飛鴻只踏泥